あやなりBP

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2023年7月掲載
谷口 佳江 さん

谷口 佳江 さん

(文教大学人間科学部人間科学科/2008年卒業)

病気をきっかけに「生」と「食」に向き合う

 クマのようにも見えるがそうではない謎の生物、BUNKO。七色のハートの半分を胸に抱き、こちらを真っ直ぐに見ているBUNKOは、文教大学の公式マスコットキャラクターである。
 「BUNKOは“はんぶんこ”の“ぶんこ”です。相手がいるからこそできる“はんぶんこ”。人は一人では生きていけないことを教えてくれる、大好きな言葉です」と笑うのは、BUNKOの生みの親である谷口佳江さんだ。デザイナー、そして現在はオーガニックファームの共同経営者の一人でもある。たくさんのモンシロチョウが飛び交う谷口さんの農園では、ヤギがのんびりと草を食み、時折キジの鳴き声も聞こえてくる。場所は千葉県白井市神々廻。神々廻と書いて、ししばと読む。
 「初期じゃない、リンパにも転移しているよ」。谷口さんが、がんの宣告を受けたのは2019年、娘を出産して2年目の春だった。「娘のランドセル姿を見ることができますか?」の問いに、医師は「がんばりましょう」とだけ答えた。それから抗がん剤治療、手術、そして再び抗がん剤治療。科学的な治療と並行して取り組んだのが、無農薬の野菜を食べて免疫力を高めていく食事療法だった。
 「食べ物で自分の体を変えたい、そういう思いがありました。明日の体を作るのは、今日食べたもの。生きることと食べることとは直結している、改めてそのことに気づかされました。そしてなにより、農薬や化学肥料を使わず、土とお日さまの力で育てた野菜って本当においしいんです。プロの農家の方とのご縁などもあり、食べる側から作る側となるのは、自然な流れでした」

写真提供:ひまわりオーガニックファーム

その先を思うのではなく、今日を精一杯生きる

 今春、娘の小学校入学式の写真は満開の桜のもと、家族3人で撮った。がんになって決めたことは1年後、2年後、先のことは考えないこと。今日、そして明日、一日一日を大切に生きていく。この4年間、一日一日を愛おしく噛み締めながら生きてきた。
 「将来を考え過ぎるとこわいんです。そうではなくて、今日に集中しようと夫と話しました。そう考えることができるようになると不思議です。がんを受け入れられるようになりました。今の若い人たちを見ていると、将来のことを考え過ぎ。考え過ぎて、こわくなって、萎縮してしまっているように感じます。こうでなければいけないなんていう生き方はない。自分の物差しで生きていいと言ってあげたいですね」
 今、必要ではないかと考えているのは、がんの教育だ。ネガティブなイメージばかりが先行してしまい、がんの知識やリアルながんの姿が伝わっていないと感じる。
 「私のように転移しながらも、抗がん剤治療などでがんが落ち着くケースもありますし、抗がん剤治療を受けながら元気に働いている人もいます。がんになったら人生の終わり、ではなくて、新しい始まりかもしれない。がんになってもさまざまな生き方、さまざまな生の形があるんだということを伝えたいです」
 それはがんになった人や家族を勇気づけるとともに、がんではない人たちが「生きること」、そして「死ぬこと」を考えるきっかけにもなるだろう。
 谷口さんは「死ぬまでにやることリスト」を持っている。リストの一つ「食堂を開くこと」を、今年1月、食育食堂「つばめ食堂」として達成した。巣立ったツバメが再び戻ってくるように、「いつ帰ってきてもいい」という思いを食堂の名前に込めた。
 「レシピ作り、食材の用意、料理、配膳、すべて楽しくて、このために生きてきた?と思うほどです(笑)。思い切ってやって本当によかったです」
 月1回、娘が卒園した幼稚園が即席の食堂となる。続けること、そして開催数を増やすことが次の目標。谷口さんの「生」はますます輝いている。

    • profile
    • 谷口 佳江 さん
    • たにぐち よしえ
    • フリーデザイナー
      ひまわりオーガニックファーム運営
      ⽂教⼤学⼈間科学部⼈間科学科2008年卒業
    • ひまわりオーガニックファーム
  • 谷口 佳江 さん