(株)ポーラ取締役、(株)ポーラ・オルビスホールディングスの中国事業を統括する組織のトップにある髙谷誠一さん。当然ながら研修などで話す機会はたくさんあるが、「髙谷さんの話を聞きたがる社員は多い」と秘書の方が明かす。では、どんな話をされるのだろう。
「『キャリアビジョンを持て』というようなことがよく言われます。しかしビジョンと言っても、“今”の自分が将来像を想像しているに過ぎません。1年後同じ世界が続く保証はないし、自身のライフステージも変われば、今とはまったく違う考え方をする自分になっているかもしれない。キャリアビジョンを持つことは悪いことではありませんが、それに固執せず、今与えられた使命をまっとうするにはどうしたらよいか。そちらに頭を使った方がいい」
そもそもキャリアとは「轍(わだち)」の意味。轍は車が走った後にしかできない、先に引くことはできないものなのだ。
髙谷さん自身、ポーラ文化研究所の研究員から、新規事業の開拓などを目指す部署に配属されるという大きな転機を経験している。文化という側面で会社に貢献する仕事から、商品開発といった会社の経営実績に直結する仕事へ。まったく畑違いの仕事に戸惑い「退職」の文字が頭をよぎりながらも、やってみると「おもしろくて魅力がある世界だった」と言う。会社が株式上場するための実務にも携わり現在に至るが、「ポジションを得ようと思って働いたことは一度もない」と言い切る。目の前の仕事を誠実にこなしていったことで「この場所」へ到着していた。
コロナ禍などを経て改めて実感しているのは、変化に対応できる「引き出しをたくさん持っていること」や「既成の価値観や常識を疑う」ことだ。
「仕事で解決策を求めた場合、そこだけ見ていても新しいアイデアは生まれないものです。少しずらして考えてみると、思いもつかなかった発想が生まれる。引き出しをたくさん持つ、既成の価値観や常識を疑ってみるとはそういうことです」
また仕事のコツを「仕事と向き合い過ぎないこと」とも説く。仕事に没頭し、パフォーマンスをあげていくことは必要であるが、仕事以外の時間も作り、違う引き出しを開けてみる余裕も必要だというのだ。
では髙谷さんの引き出しはいうと、例えば読書。引っ越しの際には蔵書が450箱になったという本好きな一面を持つ。蔵書の半分も読んでいないかもと笑うが、それにしても大変な量である。
北海道函館市出身の髙谷さんが、文教大学を選んだきっかけは高校の教育実習に来ていた先輩の影響が大だという。その方の生徒たちとのフラットな接し方や人間性を実感し、話題に出てくる大学生活のことなどで、文教大学に伸び伸びしたいい印象を持ったことが大きかったという。入学してみても、その第一印象は裏切られることはなく、卒業に必要な単位の大半は入学からの2年間でしっかり取得して、3年生からはゼミと大学仲間との自主映画製作などに熱心だったと話す。
文教大学で得たものをひと言で表現すると「自由」の価値に気づいたこと。学生の自由を容認し、個が侵害されない学校だったと振り返る。特に人間科学部という学部は、対象は「ヒト」そのもの、そこにアプローチする方法論は無限にある領域。
一方で、社会人となり「組織がもたらす不自由はむしろ成長の糧」だということを実感している。よく自分に言い聞かせていた言葉は「自由を愛して、不自由を楽しむ」。不自由さの中から、これまでになかった考えが生まれたり、新しい道筋が見えたり、さまざまな可能性が開花すると分析する。3年後には、節目となる60歳を控える今、まだまだ新しい可能性や価値観を見いだしていきたいと意欲を語る。