
山木里桜さんがカヌー競技を始めたのは、お兄さんの影響だ。以前江東区に住んでいた時に、同区出身で、カヌー競技のパラオリンピアンである瀬立モニカさんが学校で講演を行った。その話に感化されたお兄さんがまずカヌーを始め、里桜さんも兄の姿を追うように、中学1年生の時にカヌー部に入部した。
カヌー競技と言えば、リオデジャネイロオリンピックでメダル獲得となった「スラローム」種目が知られるが、カヌーには他にも多くの種目がある。里桜さんは、10〜30 kmの長い距離で速さを競う「カヌーマラソン」と、200m、500m、1000mで速さを競う「カヌースプリント」の選手として、ジュニアの部で日本代表に選ばれるまでに成長を遂げた。
カヌーマラソンで、初めて日本代表に選ばれたのは高校2年生の時。WK-2とカテゴライズされる2人乗りの種目で、「まさか代表になれるとは思っていなかった」と里桜さんは謙遜する。だがレース中に何度も転覆したにもかかわらず、派遣基準タイムを突破したというのだから驚きだ。「他のチームはあまり転覆していなかったので、代表の座はもうダメかもと思いましたが、一緒に漕いでいる相方と『最後まで諦めずに頑張ろう』と話して、漕ぎ切ったら1番になれました」とはにかむような笑顔を見せた。
「今は目の前の目標を一つひとつクリアしていく段階」と言う里桜さんは、高校3年生のラストイヤーにインターハイへの出場を目指す。昨年は、同じ学年のライバルに負けて出場を逃してしまったので、「今年こそ勝ちたい!」と力を入れる。だが、勝つことだけを目指しているわけではない。「もちろん勝てた時は嬉しいんですけれど、勝てなくても、これまで練習してきた中で、頑張って積み上げてきたものを試合で発揮できたら嬉しくて。だから練習が辛くても乗り越えられるんだと思います」
自身の将来については「スポーツに関わる仕事に就きたいと思っているので、運動生理学や体の動かし方を学んでいきたい」と明確な目標を抱く。日々ハードな練習を続ける中で、カヌーの仲間たちと勉強を教えあったりしながら学生としての本分も全うする。カヌーと勉強の両方において、これからも目標達成に向けて努力を続けていく。
全日本カヌーマラソン選手権大会
2024年5月に京都で開催された全日本選手権は、同年9月にクロアチアで開催されたカヌーマラソン世界選手権大会の日本代表選手選考会を兼ねた大会。山木さんは見事1位を獲得し、代表となるための基準記録も突破。