あやなりBP

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2026年8月掲載
山本 正 先生

山本 正 先生

(文教大学付属中学校・高等学校/1973年〜2018年在籍)

45年間、数学教育ひとすじ。「わかる授業」を追求した

 昭和48年、大学卒業後すぐに立正学園女子高等学校の数学教諭となり、45年間、教壇に立ち続けた山本先生。初めて教壇に立った日のことが、いまも忘れられないと語る。
「新人教師として準備を万端にし、初日から張り切って授業をしました。しかし、生徒たちはポカーン。“先生、まったくわかりません”と言われてしまいました」
早稲田大学在学時は、週5日の家庭教師のアルバイトに打ち込み、何人もの教え子たちを難関校に合格させてきた。しかし、それまでの指導経験がまるで通用しないことにショックを受けたと振り返る。
「そこで授業を基本から考え直し、たとえば正負の計算では色別の数字カードをつくり、視覚的に伝えるといった工夫をしました。教壇に立つ日々のなかで、私自身が生徒たちからいろいろなことを教えてもらい、指導力が上がっていったと思います」
勉強は、わかると楽しい。しだいに生徒たちが真剣に授業に参加するようになり、学力も右肩上がりで向上。大きな手ごたえと面白さを感じていった。

生徒たちの安全を守る責任感を心にとめて

 ところで昭和後期は、いわゆる「スケバン」と呼ばれる不良少女がドラマや漫画でも注目された時代。バドミントン部の顧問をしていた山本先生は、遠征試合で訪れた他校の生徒に対しても、厳しく指導をしたと笑う。
現役時代のあだ名は「ヤンマー先生」。温かい人柄と筋の通った教育力から、生徒たちに信頼されてきた。
「私はふだんどちらかというと、あまり生徒を褒めないので“おっかない先生”だと思われていたかもしれません(笑)。でも、行事でクラスが優勝したときなど黒板に『優勝おめでとう』なんて大きい字で書くと、すごい生徒が喜ぶんです。本当に純粋でいい子ばかりでした」

思いやり深い人間性を育む環境が醸成されている

文教大学付属中学校・高等学校の魅力は「人と人との結びつき」と、山本先生は続ける。
「誰かが困っているときには手を差し伸べ、悲しいときにはそばに寄り添ってくれるような子ばかりなので、よい友人に恵まれる環境が醸成されていると思います。これは長い歴史の中で紡がれてきた伝統でしょう」
文化祭や体育祭、音楽祭といった行事に、一生懸命取り組む生徒が多く、達成感のあまり感極まって泣いてしまう生徒の姿もよく目にした。そうした経験を重ねることで、情緒豊かな人間性が育まれ、友人同士のつながりも深まっていく。
「子どもたちが楽しく学校生活を送るためには、よい友人関係が欠かせないと思います。すばらしい校風を継承し、今後はよりいっそう勉学にも打ち込んでほしいと願っています」

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    • 山本 正 先生
    • やまもと ただし
    • 1973年、立正学園女子高等学校の数学教諭となり、定年退職後も67歳まで文教大学付属中学校・高等学校で講師として教壇に立った。現役時代のあだ名は「ヤンマー先生」。現在は毎日の散歩を欠かさず、趣味のボウリングにも励む。
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