岡野栄子さんとキルトの出会いは28歳。雑誌で紹介されていたキルトの世界に、目が釘づけになった。
「『布でこんなことができるんだー!』と衝撃だったわね。布はまるで絵の具のよう。布を組み合わせてまったく新しい世界が現れることに、こんなにおもしろいことはないと思ったの」
実際に岡野さんのキルト作品は、豊かな色彩とストーリー性のある構図から、1枚の絵やポスターに見える。しかし絵画のようなリアル性を求めているのではない。ピーマンであれば、あくまでも布で作ったピーマンでなければ意味がない。例えばチェックの布で作るピーマンこそ、岡野栄子のおいしいピーマンになるのである。
針と糸という魔法の道具を見つけるも、最初は独学だったと言う。そして30歳の時に転機がやってくる。その後師事することになるキルト作家・野原チャック氏との出会いだ。野原氏の教室の立ち上げの時から一期生として関わり、「何があっても一度決めたらぶれない」と話す通り、子育てをしながら2年間1度も休むことなく教室へ通った。そして自分の工房設立へと歩みを進めていく。
「34歳の時よ。工房の名前は最初に作った作品にちなみ『バスケット』。さまざまなものをバスケットに盛大に盛り込んでいきたいという気持ちもあったわね」
指導する中でよく言うのは「誰が見てもこれはあなたの作品だとわかるような表現を」ということ。岡野さん自身、キルトに文章を縫い込んだ「読むキルト」、ボタンや古裂をつかった作品を制作し、キルト界で一線を画している。
「人を惹き付けるキルトとは? という質問を受けるけど、それはその人らしさが出ている作品だと思うの。上手できれいなだけでは、人は感動しない。その作品の中に、その人の人生が見えてくるようなキルトに心を揺さぶられるのよね。否応なしに溢れ出てくるもの、抑えきれない感情を一枚の布の上に表現できれば。私自身、そうした気持ちで制作しています」
気分転換はビールと読書。工房にはいつも音楽が流れ、机には見たい映画のキリヌキが。その人の人生を作るのは、こうした毎日の丁寧な積み重ねであり、そこからこぼれ落ちた一滴が、人生が見えてくるような作品を生み出すのだろう。